マイケルの実質的なソロ・デビューアルバム「オフ・ザ・ウォール」。
大ヒットしたディスコ・アルバムでしょ、そう思っている人も多いと思いますが、実は違います。
今回は、映画「Michael/マイケル」の公開に合わせて名盤「オフ・ザ・ウォール」を、3つのキーワードで解説します。
読めば、「オフ・ザ・ウォール」が3倍楽しめます!
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アルバム・タイトルに注目
アルバム・タイトルの「OFF THE WALL」は、型破りな、突拍子もない、普通じゃない、と言うスラング的な意味を持つ言葉です。

ご存知のように、子供の頃のマイケルは、兄弟の中で一番年下でありながら、天才的な歌唱力とパフォーマンス力でジャクソン5の中心となりました。
しかし、常にマネージャーであった父親や、レコード会社(モータウン)の期待や意向に応えなければならず、大きな重圧と葛藤を抱えていたと言われています。
二十歳に成長したマイケルは、父親から敷かれたレールの上を走るのを止め、そこから自分だけの道を走る事を決意しました。
何者にも縛られない、自分のために理想のアルバムを作る、その決意表明がアルバム・タイトルに表れています。
但し、失敗は許されない状況でした。
失敗すれば、又父親の下で、ジャクソン5として活動しなければいけない。
マイケルは何が何でも、このソロ・アルバムを成功に導き、父親から独立して、アイドル的なジャクソン5のマイケルと言うイメージを払拭したかったはずです。
結果、2曲が全米No.1に輝き、全世界セールス累計3000万枚を超える、予想以上の大成功に終わりました。
その内の一曲「今夜はドント・ストップ」はマイケル自身の作曲によるものです。
凄いよね。
ただ、マイケルが思い描いていた完全な形での成功は、次作「スリラー」に持ち越します。
ソウルとAORのクロスオーバーなサウンドに注目
アルバム全体が、非常に洗練されたイメージで統一されているのは、ソウル・ミュージックがベースにありながら、AOR的なフィーリングもあるからです。
このクロスオーバー感覚が、数多くあるディスコ・アルバムと違うところです。
アルバム終盤を飾る「Its’ the Falling Love」。
この曲は、作詞キャロル・ベイヤー・セイガー、作曲デヴィッド・フォスターのAORコンビによるものです。
エレガントでアーバンなサウンドに、マイケルの歌声がよく合っています。
ちなみに、松原みきの「真夜中のドア」はこの曲に影響を受けています。

そして、ダンス・クラシックとしても愛されている「Rock With You」。
この曲も、スームズで都会的な印象があります。
作曲は、人種混合のファンク・ディスコバンド、ヒートウェーブの一員であった、ロッド・テンパートンです。

ヒートウェーブの曲も、ソウル、ファンクにAORのフレイバーがあり、都会的で洗練されています。
ソウル・ミュージックとAORのクロスオーバーは、他にもありましたが、ここまで売れたのはマイケルが初めてでした。
「オフ・ザ・ウォール」と同年にリリースされた、デニース・ウィリアムスの「ラブ・コーリン」。

プロデューサーはレイ・パーカー・Jrと・デヴィッド・フォスター。
バックの演奏は、TOTOのメンバーを中心に、西海岸の敏腕ミュージシャンが固めています。
かなりAOR寄りのアルバムです。
なぜプロデューサーがクインシー・ジョーンズだったのか?
2024年に亡くなった、アメリカの音楽界を代表するプロデューサー、クインシー・ジョーンズ。
マイケルが、プロデュースをクインシーに頼んだ時、レコード会社、父親、兄弟らは全員反対したと言います。
クインシーは当時、ジャズ(主に映画音楽)の世界では既に大御所でしたが、ソウル・ミュージックでは大きな実績はありませんでした。
今振り返れば、マイケルとクインシーのコンビが大成功するのは分かるのですが、その時は誰もこれ程成功するとは思っていなかったようです。
ではなぜマイケルは、周囲の反対を押してクインシーに頼んだのか?

うにも、長年疑問でした!
「オフ・ザ・ウォール」のCD(BSCD2)の解説(マイケル・ジャクソン・ストーリー)で、西寺郷太氏はその理由を3点あげています。
その内の一つを要約すると、マイケルがクインシーに理想の父親を見ていたのではないか?と言う指摘です。
それを、考える前にこの映像を見て下さい。
12歳でクインシー・ジョーンズに見出され、天才と言わせた、テヴィン・キャンベルの「トゥモロー」です。
「オフ・ザ・ウォール」から約10年後です。
笑顔で指揮を取るクインシーの姿が何度も登場します。
優しい眼差しで、テヴィン・キャンベルを見つめながら、「そうだ、それでいいんだ」と頷いているようにも思えます。
もしかしたら、オフ・ザ・ウォールのレコーディングの雰囲気も、これに近かったのではないでしょうか?
思慮深く自分の事を理解してくれ、意見はするが押し付けない、そんな頼りになる存在。
実の父親とは、正反対のクインシーに理想像を重ねて見たのかもしれません。
この時マイケルはモータウンからエピックに移籍し、今までとは全く違う環境で不安も大きかったと思います。
クインシーの存在は、単なるプロデューサー以上の存在だったのかもしれません。
「トゥモロー」はクインシーのソロ・アルバム「バック・オン・ザ・ブロック」に収録されていますが、ソウル、ジャズ、ゴスペルのフィーリングを持った曲です。
こうしたクロスオーバーな感覚も、当時のマイケルの方向性と合っていたのでしょう。
ちなみに、テヴィン・キャンベルはこの後、14歳でクインシー・ジョーンズをエグゼクティブ・プロデューサーに迎え、デビューしました。

写真はファーストアルバムで、プロデューサーは、プリンス、アル・B・シュア!、アーサー・ベイカー、ナラダ・マイケル・ウォルデンなど凄すぎる面々です。
3曲目の「テル・ミー」はテヴィン・キャンベル、一世一代の名唄で、この曲だけはジャクソン5時代のマイケルを超えていると思います。
まとめ
私達は、いつも歴史を現代から振り返るので、結果がわかっている分、全てを理解したような気になります。
そうではなく、その時生きた人の人生を、追体験する視線で歴史を振り返れば、そこに新たな発見があると思うのです。
それには、本や映画が役立ちます。
マイケルの半生を追体験できる貴重な機会が6月12日から始まります。
映画「Michael/マイケル」が全国公開されます。
一緒にマイケルの半生を追体験しましょう!
終わり!

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